東野圭吾「容疑者Xの献身」

容疑者Xの献身

容疑者Xの献身

「凡人が隠蔽工作をやろうとすると、その複雑さゆえに墓穴を掘る。ところが天才はそんなことはしない。極めて単純な、だけど常人には思いつかない、常人なら絶対に選ばない方法を選ぶことで、問題を一気に複雑化させる」
<天才対天才、P≠NP問題と偽装工作について 湯川>

電車の中で泣きました。
と月並みな事を書きますが本当だ。
ミステリジャンルとしては倒述ですが、対する相手がかの湯川教授ですので、加賀刑事ものと同じくらいお約束に、犯人サイドの敗北は決定的なわけですが…。
勝負の流れも敗北の有様も、こりゃすごい。
私はこのミス1位をなめてかかる傾向にあるのですが、東野さんが一位を取るのなら、それは名作に違いなかったし、結論を言えば名作でした。
天才・石神が二重・三重に張った罠は、単純解を要求される類のミステリの応用問題として非常に面白い。長編らしい意表をつく思考パズルだったと思います。
結局、読者たる私は靖子の視点しか持ち得なかったのだなあ、と思うと気持ちいい。
最後に取った石神渾身のリスクヘッジがまた*1切ない。そりゃもう美里だって耐えられないですよ。
天才が一旦人を愛したらちょっとすげえぞ。底なしだからな。みたいな部分に相当萌えました。


それはそれとして、泣き部分。
靖子が最後に取った選択は、私のような読者的にはとてもスッキリするものですが、石神にとっては絶望的なものであり、この主役と読者の温度差がまた泣ける。
あそこまで冷徹に計算せしめた人間が、最後の最後、靖子の人間味を計算できなかったところも悲しい。
どうせ探偵役のお節介によってご破算になりますけど、彼女たちに嘘をつかせてそこからボロを出したくないのであれば、いっそのこと本当に靖子母子にもストーカーと思いこませておくくらいの先回りっぷりを見せてほしかった。
そんなことをしたら、靖子の読者人気は地に落ちそうですが、それはメタいことなので置いておきます。

*1:想像できていたこととはいえ