コニー・ウィリス「航路」

航路〈上〉 (ヴィレッジブックス)

航路〈上〉 (ヴィレッジブックス)

航路〈下〉 (ヴィレッジブックス)

航路〈下〉 (ヴィレッジブックス)

「どんな船もいつかは沈むのよ」ジョアンナは片手を上げ、ヨークタウンに向かってあいさつの手を振り始めた。「でも、きょうはちがう。きょうだけは」
<Passageにおけるジョアンナ・ランダー>

たいへん面白い作品でした。
大まかなあらすじは、臨死体験(以下NDE)について脳生理学と認知心理学の面から研究している二人のドクターが、薬品を使った疑似NDEを通じて、NDEの真実を探っていこうとする物語です。
で、何が面白かったかというと、NDEについてそこそこ科学的にかつ納得行く解答を提示してくれているところ…はストーリー上重大なんですが、小説技法的には些細です。
様々なキャラの臨死のイメージが物語初期から絡み合う真相へのヒント、かなり何回も繰り返しのギャグのようにいいところで邪魔の入る脱力感、ブライアリー先生やパラグラフのちょっとした衒学性の見せ方、ひとつひとつのシーンが上手いです。
ストーリーラインそのものも、特に第二章の衝撃展開から第三章の展開は、もうもどかしくてたまりません。ラストシーンには普通にやられてしまいました。
面白い面白いと言われていたので期待はしていましたが、確かにこれは面白い。斜め上のタイタニック物語・アナザー。タイタニックなんて散々使い古されている素材ですが、こういう使い方があるとは。
正直裏のあらすじも読まず、ストーリー的な前知識も何も得ずに読み始めて、「航路」ってタイトルだし海洋冒険ファンタジーみたいなもんを想像していましたが、まあ全然違った。「え? 臨死体験?」というあらすじを読まない者特有のビックリ感から更に点数が高くなっている可能性はあります。
どうも一読しただけでは気づかない仕掛けがあるようなので、数年経ったらまた再読してみたいと思います。


解説やら翻訳者の特設ページでは瀬名秀明「BrainValley」とのアプローチの相似(類似?)が上げられていますが、確かに前半のアプローチは似ていますね。病弱なおませっ子が登場したり、しっかり者の女医が主人公だったりするところはどうでもいいとして(よくないが)、スピリチュアルは確かに存在するが、それは決して外的なものではなく、脳という器官の存在により立ち現れてくる、というアプローチが。もっとも「BrainValley」の方は、脳が全てを飲み込み、また飲み込まれ、結局現れ出でた神は物語ごとカタストロフを起こしてしまうわけですが。