船戸与一「かくも短き眠り」

あのころの気分を他人に説明するのはきわめて難しい。強いて表現すれば、じぶんの全存在を世界に対峙させる。いまから考えれば、それがただの錯覚に過ぎなかったとしても、そういう気分がすべてを律するのだ。
<ドラキュラに血を吸われたような気分について 『わたし』>

基本のあらすじは、法律事務所の調査員たる「わたし」が、莫大な財産を相続するはずの行方不明中の男を追いかけて、いつの間にか歴史に葬られた男たちの反逆に巻き込まれていくというもの。流れからオチまでいつも通りの船戸節。
とりあえず、以下に雑感を。


 ・結局誰の(あるいは何の)眠りがかくも短いのか、読解力がないためによく解らなかった。
 ・要するに私は「時代に風穴を開ける」という動機に対する共感能力がほとんどないため、このテの観念的動機には「観念的である」という以外の萌えどころを感じられないのだろう。
 ・船戸氏のキャラは常に駆け抜けるように死んでいくが、それは何故だとかあんまり深く考えたことはない。
 ・船戸氏の大部分の作品において、イデオロギーや観念や思想や何らかの勢いは物理的な生を超越するべきものだからなのかな。
 ・ドラキュラの息子たちが血を見ると大興奮するのは解ったのですが、そこで男もターゲットにならない辺りが微妙に船戸さんらしくないんじゃないかしらとか余計なことを思った。
 ・毒虫め、毒虫め!