筒井康隆「ヨッパ谷への降下」
- 作者: 筒井康隆
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2005/12/22
- メディア: 文庫
- 購入: 5人 クリック: 69回
- この商品を含むブログ (21件) を見る
朱女が八畳の間にいる。巣を背にしていてまるで彫刻のようだ。今日は文化の日だったかな。
「何もかもを失ったように思っていたんだけど雨が降ったりした日は君が本当に好きなんだよ」
<ヨッパ谷の中にて 朱女と主人公>
筒井康隆の自選ファンタジー短編集。と、実はサブタイトルにも書いてあることをわざわざ復唱してみる。
考えてみれば、筒井康隆のファンタジー小説は読んだことがないような気がします。*1傑物・筒井御大のファンタジー小説とはどのようなものか。
もったいぶらずに結論を言うと、面白いと思いました。
優れたファンタジー*2はオチがなくても十分おもしろい。文章の隙間を漂うだけで心地良い。
隅から隅まで構築された世界でなくても、短い説明だけで十分に想像力が働く。そしてその短い説明にすら、特に正体を与えられる必要はない。
今更筒井に感動させられるとは思いませんでした。まったく。
- 『薬菜飯店』
汚物とうまいもののコラボレーションやー。すごいな、うまいものを食べながら汚物を出しまくるという状況が。
- 『法子と霊界』
中国説話のような話。短い掌編が何本か入って一本の短編になってる感じ。
- 『エロチック街道』
エロいというか、やや古めかしい言い方でエロチック。裸の女との道行き。森博嗣が森100で上げていたことが印象深く、「あ、これか」と思いましたが、それはあまり関係がない。
- 『箪笥』
エロいというならこっちの方がエロい。次々にエロアイテムの出てくるロココ調箪笥の話。
- 『タマゴアゲハのいる里』
うまそうだけどプチグロい話。うまそう、という感覚と、グロい、という感覚が両立するためには、うまさを強調し、グロ部分を淡々と描くことなのかもしれない、と思いました。食欲はグロテスクさの前には縮退しがちですからね。
- 『九死虫』
九回までなら死んでも復活できる虫の話。これは何だか強烈に筒井っぽいと思いました。どういうところが、と聞かれても困る。
- 『秒読み』
最後のオチがほんっとうに地味にクレバーだと思いました。
- 『北極王』
子供が北極王の家に遊びに行く話。別にどこでもいいんですが、「北極」である点がなんか重要なんでしょう。オセアニアを通るより、ロシアを通った方が、より『とんでもなさ』を感じるといえばそうだ。
- 『あの二人様子が変』
『箪笥』とどっちがエロいのかは人によるかもしれません。相思相愛の二人が事に至ろうとするたびに邪魔の入る話。一歩間違えばコント、それも間違えそうな部分の方が多い。最後の主人公のつぶやき『これであと三十年、佐登子とすることはできなくなってしまったのだ』に、強烈なセクシーさを感じました。
- 『東京幻視』
高貴でありモダアンなものへの憧憬と昇華。実物を見ず、空想だけで幻想を充足するための心象風景は非常に美しい。
- 『家』
で、屍体ってなんなんだ? こればかりが強烈に気になる。ああっ、もう! 家って、「千と千尋の神隠し」に出てくる湯屋みたいなとこなのかな。
- 『ヨッパ谷への降下』
表題作。言葉遊びですらない言葉遊び。わけがわかりませんが、わけがわからなくても楽しめる。